ドコママライター

ひより なぎ

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子育てはてんき雨

3児の母として、元転勤族の妻として、ハンディキッズの母として…ただただ泣いたり笑ったりしながら毎日を重ねてきました。
子どもたちとの今までのエピソードを育児絵日記として、また情報誌でもおなじみの4コマ漫画の創作裏話などをこちらで語りたいと思います。子どもたちが大きくなっても、親も子も育ちの途中だと思っています。皆さんと悩みを共有しながら、語り合えたらいいなと思っています。4コママンガのエピソードも募集中です。
なつかしい子育て絵日記もゆっくりですが更新中♪
子育て絵日記 おひより日誌
 
経歴
広島県出身
1992年/結婚 1993年/長女出産 1997年/長男出産 1999年/二男出産
結婚後、中国地方、関西地方を中心に6回の転勤に伴う引越し。
愛媛には11年前より在住。
過去に、愛媛県内の育児情報誌や、NPO子育てネットワークえひめ情報紙にて子育て漫画連載。三重県名張市『障害児の応援ガイドブック』イラスト・漫画掲載。
メイツ出版『子どもと行く四国の遊び場ガイド』取材イラストスタッフとして参加。
愛媛県内の子育て情報誌、医療機関紙などでも連載歴あり。

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2010.03.25

離任式のなみだ

 

DSCF0097-2-2.JPG息子が2年生のときの担任の先生が、数年後に他の学校に転任されていきました。

習い事で一緒の友達からそのことを聞いて、『さよならの挨拶をしたい...でも、今は学年もクラスも違うのに行ってもいいのか分からない』...とひどく悩んでいました。

もともと自分の意見を通すのが苦手な子。

2年生のときにも自分の意見を言う事はまれで、友達にひたすら同調するので精一杯の学校生活を送っていました。

そのためよくトラブルに巻き込まれて先生にも助けてもらっていました。

ある日、帰宅するなり「お母さん、いやなときにはいやって言っていいんだねえ」と言い出しました。

道徳のときに先生が教えてくれたんだと嬉しそうに話していました。

そんな当たり前のことをこの子は今まで知らなかったの?と、逆にびっくりしてせつなくなりました。

それまでどれほど無理をしてまわりに合わせていたんだろうと思うと胸が痛みました。

それから、息子は「いや」がいえるようになり、自分に自信がついてきました。

そのことを教えてくれ、勇気も一緒にくれた先生が、ほかの学校に変わってしまう。

しかし息子の悪いクセがまた出てしまい、とうとう離任式当日になりました。

それまでに何日か猶予があったのに、学年が違うから会いに行く事もしないままでした。

離任式が終わって、しょんぼりして帰ってきた息子を見て「手紙をもって行きなさい」と、すぐに手紙を書かせもう一度学校に向かわせました。

職員室に電話して先生に待っていてもらえるようにお願いして・・・。

ところが30分もしたころ、息子が再びしょんぼりして帰ってきました。

どうしたのかたずねると、職員室に1人で入ることができず、入り口のドアの外にずっと立っていたようで・・・。

あと一歩の勇気が出なかったようです。

ぽろぽろと涙をこぼす息子に、仕方なく再び電話をして事情を説明し、今度は私が自転車の後ろに乗せて、途中で花束を買って一緒に行きました。

やっと先生にあえて、最後にハグしてもらい、照れくさそうにでも嬉しそうにしていました。

今はそんな事があったのもきっと忘れているくらい、恥ずかしさもないような息子ですが、あの時にはこちらももらい泣きをしてしまいました。

子どもなりに人生観を変えてくれた先生のことは、一生心に残っていることでしょう。

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某学校の会報に載せていただいた保護者コラムです。

息子はこの先生とは今も年賀状のやり取りをしています。

楽しい事もつらい事も、いろいろあった小学校生活。

今年の春ようやく卒業しました。

あっという間の6年間、・・・・・・いやあ~その実長かったわ~(笑)

ドコママの読者の皆さんは、まだ小さい子どもを持つ親御さんが多いと思いますが、小学校が一番成長を感じる時かもしれません。

1年生の時の写真を見るとほんとにまだまだ幼さが抜けきらない笑顔。

それが卒業する時には、母の身長を間もなく抜きま~すって感じの勢いですから、なんとまあ・・・。

子どもの成長とともに、親もどれだけ成長できたか・・・正直不安なところ。

子どもに負けないようにこれからもがんばろう~っと。