2012.01.16
息子の幼いころに想いを巡らせていると、ふっと想い出した文章があったので紹介させていただきます。この作者と同じ過ちを犯していた頃のわたしにとっては、とても感動的なものでした。
(恥ずかしながら途中から涙があふれて止まりませんでした)
「 父は忘れる 」 リヴィングストン・ラーネット
坊や、聞いておくれ。おまえは小さい手に頬をのせ、汗ばんだ額に金髪の巻き毛をくっつけて、安らかに眠っているね。お父さんは、ひとりで、こっそりおまえの部屋にやってきた。今しがたまで、お父さんは書斎で新聞を読んでいたが、急に、息が苦しい悔恨の念にせまられた。罪の意識にさいなまれておまえのそばへやってきたのだ。
お父さんは考えた。これまでわたしはおまえにずいぶんつらく当たっていたのだ。おまえが学校へ行く支度をしている最中に、タオルで顔をちょっと撫でただけだと言って、叱った。靴を磨かないからといって、叱りつけた。また、持ちものを床のうえにほうり投げたといっては、怒鳴りつけた。
今朝も食事中に小言をいった。食物をこぼすとか、丸のみにするとか、テーブルに肘をつくとか、パンにバターをつけすぎるとか言って、叱りつけた。それから、おまえは遊びに出かけるし、お父さんは駅へ行くので、一緒に家を出たが、別れるとき、おまえは振り返って手をふりながら、「お父さん、行ってらっしゃい!」と言った。すると、お父さんは、顔をしかめて「胸を張りなさい!」と言った。
同じようなことがまた夕方に繰り返された。わたしが帰ってくると、おまえは地面に膝をついて、ビー玉で遊んでいた。ストッキングは膝のところが穴だらけになっていた。お父さんはおまえを家へ追いかえし、友だちの前で恥をかかせた。「靴下は高いのだ。おまえが自分で金をもうけて買うんだったら、もっと大切にするはずだ!」。これが、お父さんの口から出た言葉だから、我ながら情けない。
それから夜になってお父さんが書斎で新聞を読んでいるとき、おまえは、悲しげな目つきをして、おずおずと部屋に入ってきたね。うるさそうにわたしが目をあげると、おまえは、入口のところで、ためらった。「何の用だ」とわたしが怒鳴ると、おまえは何も言わずに、さっとわたしのそばに駆け寄ってきた。両の手をわたしの首に巻きつけて、わたしにキスした。おまえの小さな両腕には、神さまがうえつけてくださった愛情がこもっていた。どんなにないがしろにされても、決して枯れることのない愛情だ。やがて、おまえは、バタバタと足音をたてて、二階の部屋へ行ってしまった。
ところが、坊や、そのすぐあとで、お父さんは突然何ともいえない不安におそわれ、手にしていた新聞を思わず取り落としたのだ。何という習慣に、お父さんは取りつかれていたのだろう!叱ってばかりいる習慣。まだほんの子供にすぎないおまえに、お父さんは何ということをしてきたのだろう!決しておまえを愛していないわけではない。お父さんは、まだ年端もゆかないおまえに、むりなことを期待しすぎていたのだ。おまえを大人と同列に考えていたのだ。
おまえの中には、善良な、立派な、真実なものがいっぱいある。おまえのやさしい心根は、ちょうど山の向こうからひろがってくるあけぼのを見るようだ。おまえがこのお父さんにとびつき、お休みのキスをしたとき、そのことが、お父さんにははっきりわかった。ほかのことは問題ではない。お父さんは、おまえに詫びたくて、こうしてひざまずいているのだ。
お父さんとしては、これが、おまえに対するせめてもの償いだ。昼間こういうことを話しても、おまえにはわかるまい。だが、明日からは、きっと、良いお父さんになってみせる。おまえと仲よしになって、いっしょに喜んだり悲しんだりしよう。小言を言いたくなったら舌をかもう。そして、おまえがまだ子供だということを常に忘れないようにしよう。
お父さんはおまえを一人前の人間と見なしていたようだ。こうして、あどけない寝顔を見ていると、やはりおまえはまだ赤ちゃんだ。きのうも、お母さんに抱っこされて、肩にもたれかかっていたではないか。お父さんの注文が多すぎたのだ。
FP坊主から、「如何でしたか?同じような経験をしたお父さんは多いのではないですか?新年を迎え、今年は子供に小言を言わないと誓ってみては如何でしょうか!!」